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生きるからにはそれなりに

mochilonという人のブログ

生きているということはそれだけで美しく、また官能的である。

映画

この世界の片隅に』を観に行く。

2016年ベスト映画として『シン・ゴジラ』や『君の名は。』や『聲の形』を追い抜いてダントツトップに躍り出る。

テーマがテーマなので安っぽい反戦映画だったら唾を吐いてやろう、どれお手並み拝見ぐらいのつもりで観に行ったら完全に打ちのめされてしまった。前評判の三倍は食らってしまった。

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原画によってダイナミックな動きの要点を描き脳内補完させる典型的日本のアニメと対極のゆっくりとして細かいコマ数の中割り、それによって現実味を帯びる人間の生活臭、おっとりして鈍臭い愛嬌のあるキャラクター。主軸にあるのは戦争ではない。生活であり日常なのだ。敗戦によって男たちが軍事機密の書類を焼き、どこか抜け殻のようになっても女たちは飯を作り洗濯や掃除をする。それが8月15日であろうと、16日であろうとも。決して男たちが薄っぺらではなく、男には男の動き方があり、女には女の動き方があり、それをどちらも必然性を持たせて描いている。フィクションでありながら史料による徹底した調査が行われており(建築物や町並みはもちろん、一日一日の天気まで!)その上でキャラクターたちはまるで実在の人物であるかのように暮らしている。それはアニメでありながら現実なのだ。

最近、富野由悠季のアニメのようなヒロイックな死に関して最近は疑問を抱くようになっていた。劇の中で人間の死は重い意味を持つ。死によって有終の美を飾る。果たしてそうだろうか。無意味な死や滑稽な死もあるはずだ。そして生きることの方がよほど残酷であり、また美しい。更に言えば生きるということの美しさは官能的だ。生活の所作一つ一つにエロスが漂うのである。

涙を流したから良い作品であると言うつもりはないが、数年ぶりに琴線に触れる、琴線を鷲掴みにされ感情を揺さぶられボロボロに泣いてしまった。

舞台挨拶のある回でもないのに終演後無言で拍手が巻き起こった。起きて然るべき作品であると思いながら拍手に参加した。

経済的な事情、芸能事務所的な事情などによりプロモーションが非常に弱い映画であるが故に尚更、口コミによって然るべき評価を受けてほしい。