生きるからにはそれなりに

mochilonという人のブログ

地政学という非常に危うく胡散臭い学問の胡散臭くない今までの歴史『地政学入門』

「もし現在の完備した地理学的な研究が、われわれを正しい結論にみちびくものとすれば、中世の教会人の考え方は、そう誤っていなかったことになる。もしも世界島(ワールド・アイランド)が人類の一番主な居住地としての宿命を負いつづけ、またアラビアの半島がヨーロッパからアジアへの、さらに北から南のハートランドへの移動地帯として、世界島の中心に位置するものと考えれば、エルサレムの丘陵こそは、まさに世界の現実に照らしてみて戦略上の拠点というべきであり、その点で中世の見方と本質的な大差はない、と結論しないわけにはいかない」

 78頁より引用

高坂正堯『海洋国家日本の構想』を今年の1月に読んで以来、海洋国家としての日本の性質やその目指すべき姿、過去の戦争における教訓、また過去のヨーロッパ諸国がどのようにして現在のような形に至ったのか。そういったものに対する知的好奇心が湧き、この本を手に取るに至った。誰が薦めていたのかについてサッパリ記憶にないのだが。

1984年に書かれた本であり、中公新書のラインナップの中ではかなり古いものとなっている。少しだけかすれた活字がなんとも味わい深い。

地政学入門」というよりは「地政学史入門」と言ったほうが近い。

19世紀末〜20世紀前半のイギリスの学者、ハルフォード・マッキンダーを始祖として、カール・ハウスホーファー、ニコラス・スパイクマン、アルフレッド・マハンなどの理論や流れ、それらが国際政治においていかなる影響を与えてきたかについてコンパクトにまとめられている。

マッキンダーの提唱したシーパワーとランドパワーハートランドという概念は19世紀ヨーロッパのパワーバランスを論じるものであり、ドイツやロシアの膨張を阻止するいかにも英国らしい発想である。バランスを取り制裁を加える相手は第一次〜第二次大戦のドイツ、第二次大戦後のソ連というように100年に渡って東欧の覇権を狙う国家であり、その思想は国際連合NATOという名で具現化されてゆく。

ナチス・ドイツにつきまとう「東方生存圏」という奇っ怪な言葉とそれを提唱したハウスホーファーについても読み解かれ、そのあまりにも精神的で実利に則っていない誇大妄想とその中から抜き取れるエッセンスの抜粋が語られている。神聖ローマ帝国から続く1000年に渡る国土の移動によるドイツ民族とドイツ国家の不一致による一民族一国家(ワン・ネーション・ワン・ステイト)という夢物語への執着と、何の苦もなくそれを手に入れていた日本への羨望。更に20世紀前半の日本はドイツ語訳で輸入されたであろうマルクス主義と東方生存圏(レーベンスラウム)の思想が北一輝などによってまぜこぜになった結果大東亜共栄圏という思想へ至ったのではないかという話は興味深い。

最も目を引いたのはスパイクマンとマハンの影響を受けた米国の話である。最初は欧州による植民地化への抵抗であったモンロー主義パナマ運河中南米諸国への介入、テクノロジーの進歩と共に太平洋大西洋共に膨張してゆき、モンロー主義は棍棒外交から国際警察軍へと地続きのまま変貌を遂げる。アメリカの本質は今もまだモンロー主義なのである。

この本はこれまでの地政学史についてが主力である上に冷戦終結前に書かれたものであり、冷戦が終わった21世紀現在についての予言はなされていない。

ただこの本から学び取れることとして、生半可な個人で処理しきれる情報量ではない地政学について、迂闊に語る人間は警戒すべきであるというその一点だけは紛れもない事実である。

地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721))
曽村 保信
中央公論社
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