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mochilonという人のブログ

イスラーム国の衝撃 著:池内恵

アル=カーイダからダーイシュ(IS)に至るまでの流れ、ダーイシュがイスラム法学上どのような立場で動いているのか、かつてマホメットと共にメッカからメジナへ移住した人々「ムハージルーン(移住者)」とマホメットを助けた人々「アンサール(援助者)」という概念を強く利用していること、アサド政権が反政府勢力の矛先を欧米へ逸らすことで自分たちへの被害を防ぐと同時に欧米に対し自分たちの利用価値をアピールすることが可能であること、この本一冊でよくわからないものであったイスラム教過激派がどのように移り変わり、どのような戦略を打ち出しているのかを理解する足掛かりになる良著であった。もし中東問題に対する理解を深めたいのであればうってつけの一冊であろう。

 日本ではしばしば根拠なく、ジハード主義的な過激思想と運動は、「貧困が原因だ」とする「被害者」説と、その反対に「人殺しをしたい粗暴なドロップアウト組の集まりだ」とする「ならず者」説が発せられる。相容れないはずの両論を混在させた議論も多い。西欧諸国からの参加者のみを取り上げて、「欧米での差別・偏見が原因」と短絡的に結論づけ、「欧米」に責を帰して時速する議論も多い。

 本書で解明してきたグローバル・ジハードという現象の性質を理解すれば、単に「逸脱した特殊な集団」や「犯罪集団」と捉えることは、問題の矮小化であると分かるだろう。外在的な要因だけでなく内在的な駆動要因としての思想や組織論・戦略論が重要であることも、ここまでに記してきた。欧米の問題と片付けることもできない。中東やイスラーム世界に深く内在する原因がある一方で、地理的にも理念や歴史的にも遠いところにいる日本でさえも、意図せずして「加害者」の側に立つことがありうる、と認識しておく必要がある。

140~141頁 傭兵ではなく義勇兵

 

しかし日本には、イスラーム世界とも欧米とも異なる独自の「イスラーム」認識があり、権威的にこの問題を論じる専門家や、日本の対外関係や近代世界こ中での位置をめぐって活発な議論を展開する思想家・知識人の言舌を通じて、社会や政治に独特の影響を与えている。「先鋭的」であることに存在意義を見出す論者は、しばしば「イスラーム」を理想化し、それを「アメリカ中心のグローバリズム」への正当な対抗勢力として、あるいは「西洋近代の限界」を超克するための代替肢として対置させる。「イスラーム」という語が、現代社会の解決不能な諸問題を、一言で解決する魔術的なパワーを秘めたものとして、テキストや現実の事象を踏まえずに用いられているのである。

166頁 日本人とイスラーム論 

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池内 恵
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