生きるからにはそれなりに

mochilonという人のブログ

スマホを見ないで、せめて活字を読んで

五月三十日、晴れ。

アメリカでは暴動が起きている。日本では野外賭け麻雀が起きている。

11時過ぎ起床。ベランダ用の椅子を開封してひなたぼっこする。

ひなたぼっこしながらFGOのシナリオを読んでいるが、何故これを続けているんだ?

スマートフォンを見る時間を削りたい、仕事に向き合う覚悟はちょっと足りない。

結果、ジョージ・マーティンの自伝を読みすすめる。だいぶ進んでしまった。

なんだか花粉が飛んでないか?体が痒いのだが……

一人だと自炊が本当に億劫になる。皿を洗ったりゴミを出したり、何倍もめんどくさい。昨日から食べ始めたパックの餅なのだが、保存料の酢酸臭い。そして切れ目などが入っておらず生の切り餅なので焼くと張り付いてデロッと溶ける。アルミホイルをちゃんとしわくちゃにしてもダメであった。もはや油を塗るだとか、オーブントースター以外で加熱するアプローチを考えないとこれはダメだ。

気がつくと夕方、夕方というか日没が遅いので18時を過ぎている。困る。

ティッシュや卵など必需品がいくつか足りないので渋々スーパーへ行って閉店直前の時間に買い出し。買い出しするとそれだけで疲れてもう料理をする気がなくなる。夕食はレトルトカレー。米の塩梅も冷凍していると多かったり少なかったり面倒。

ジョージ・マーティンの自伝以外何をしただろうか……いや、読書自体は良いことなのだ。問題は締切に追われているという点だ。

 

『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』を読了する。

本当に大切なことには集中できていない。SNSやソシャゲに手を出してしまうぐらいなら読書をしている方がまだマシだと思って魔除けのように読んでいた。通知などで人間の注意を奪い、客の時間を売りつけるアテンション・エコノミーの恐ろしさと邪悪さが語られている。facebookGoogleのような企業が人々の注意を呼び寄せて時間を奪うことにいったいどれだけの資本と人材を注ぎ込んでいるか。それを考えてみれば「気をつけて正しく付き合えば大丈夫」などという気持ちや言葉がいかに安々と打ち破られるか想像するに難くない。時価総額が100兆円200兆円を超えている企業の策略に「気をつける」では足りない。徹底的に戦う覚悟がなければそれに抗うことはできない。そして読み終えてなおまだその覚悟が足りていないことを感じる。一時的にアプリを消したり試みているのだが、その分の反動に今やられている。実践は長い戦いになりそうだ。