生きるからにはそれなりに

mochilonという人のブログ

アサルトリリィとポルカの歴史

十二月五日、曇り。

キートン山田声優業引退。

9時半頃起床。ずいぶん寝かせて頂いた。

朝カスタマーサポート。

昼食を摂りながらアサルトリリィ一話を見る。詰め込んできよる。

夕方、出かける。カスタマーのための道具や食材を買う。

レトルトカレーを食べて大福を食べて銀英伝を観ておしまい。

ポルカの歴史を追っていたら今やポルカチェコやスロヴァキアよりテキサス州で盛んであるという事実を知る。

そして東欧系移民達はテキサスのポルカを浸透させメキシコの音楽と融合、テックスメックスとなり、それがルーツ・ミュージックとしてライ・クーダーに拾われたりしているというお話。ヨーロッパ音楽の歴史を調べていたはずなのにライ・クーダーに辿り着いてしまうのは驚いた。アイルランド移民とアパラチアンのような話であれば知ってはいたがテキサスとポルカは全くイメージが結びつかない。

 

ザ・モラヴィアンズと名乗っているが(モラヴィアチェコ東部の地方名)、ジャケットに写っているのは風景も人物も完全にテキサスの佇まいである。このテキサス男たちがポルカを愛して演奏しているというだけで何も知らなかった自分には面白い。

 

昔、パトリシオ・ヒメネスというアコーディオニストがいたそうだ。息子はサンティアゴはベーシストとなり、孫のサンティアゴヒメネス・ジュニアとフラーコ・ヒメネスはアコーディオニストとなり、孫はグラミー賞を受賞することとなる。

また、ダグ・サームという男はビートルズの影響を受け、スティール・ギターからフィドルまでを駆使してカントリー・ロックを始める。

ダグ・サームの73年のアルバムにはフラーコ・ヒメネス、そしてボブ・ディランドクター・ジョン、デヴィッド・ブロムバーグ達をゲストに招いて作られている。

ポルカを追いかけた末にテックス・メックスのルーツ・ミュージックに辿り着くとは。

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