この中村彰彦『幕末入門』もまた、半藤一利『幕末史』と同じく講義録を編集して書籍化したものである。
だが後者が講談のように歴史探偵の推理を交えながら時に脱線話をしつつ、時代という大きな一本道を辿っていったのに対して、こちらの幕末入門は異なる。
会津藩、新選組、長州藩、薩摩藩、土佐藩、という五つの視点、そして暗殺や密勅の謎に迫る章の六つの構成から成る。
この本の中では簡潔ながら時間は五回巻き戻る。幕府側に近い会津藩から始まり、章を重ねるごとに話の糸が増えてゆき絡み合ってゆく。そこには語り手の一方的な反薩長史観、もしくは古き皇国史観は薄く、それぞれの立場から見た幕末が語られている。
296ページというコンパクトな内容にこれだけの立体的な視点を盛り込んで一冊の本としてまとめ上げられたもの、これこそがまさに「幕末入門」と呼ぶに相応しい本なのではないだろうか。